刑事訴訟と民事訴訟


裁判を起こすための手続きを「訴訟」といいます。
意味合いとしては、「裁判を起こす」でも「訴訟する」でも同じことです。

訴訟には「刑事」と「民事」があります。

◆刑事訴訟とは、
特定の人が起こした「犯罪」に対して、刑罰を与えるべきかどうかを判断する裁判を起こすことです。

◆民事訴訟とは、
個人の生活関係に関する紛争の解決を図るために起こすものです。
これは、法律違反というわけでなく、離婚や認知、近隣トラブルなど、意思の食い違いが原因となるものが多いものです。

訴訟には、ほかにも
・行政訴訟 … 行政上で法律に関するもめ事が起きた時に解決させるもの
・憲法訴訟 … 憲法の解釈が争点となるもの
があります。
これらは、社会生活の中でも、大きな括りのなかで出てくる問題点なので、個人的に関わることはないでしょう。


裁判員制度では、裁判員が関与するのは「重大な刑事事件」に限定されています。

◆なぜ刑事事件にのみ適用されるのでしょう?

日本人の民族意識として、
「自分の判断でたとえ悪人だとしても人間を裁くのには抵抗がある」
と多くの人が考えています。

特に日本社会は、閉鎖的なコミュニティと言われており、他人に関わることは、できるだけ温和にやり過ごしたいと考える風潮があります。

そんな中で、比較的、刑事事件よりも、民事裁判のほうが「一般的」な価値観を提出しやすいと考えられるのに、心理的に負担のかかりそうな「刑事事件」の判断を委ねる理由は何なのでしょう。

また、「重大な」と規定していながら、国を訴えるような大きな裁判、身近な社会問題でもある労働裁判などは除外されています。

二つの疑問を分割してみましょう。

1・なぜ「刑事」だけなのか?

民事事件の件数は、刑事よりも圧倒的に多いこと、
犯罪ではない事件では、法律の適用判断が難しいことなどが考えられます。
導入段階で、民事も含めた法制度確立となると、取り決める内容が多すぎて大変なことになるでしょう。

また、刑事事件は、「法律」に対して「個人」を裁くもの、
民事事件は「個人」対「個人」の争いです。
たしかに、アメリカなど陪審員製では、民事事件も対象になっていますし、ケンカ仲裁のほうが、個人的な意見を言いやすいような気がしますが、
日本人的には、善悪で判断のできない個人のケンカに、他人が入って仲裁できるのか?
といった考えがあり、それこそ素人の意見をむやみに混ぜるよりも、法律のプロの判決に任せたほうが安心といえます。


2・なぜ「重大」な事件だけなのか?の

「裁判員制度が適用される事件は、地方裁判所で行われる刑事裁判のうち、一定の重大な犯罪についての裁判のみ」と定められています。
重罪とは、殺人罪、傷害致死罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪などが該当します。
おおよそ、刑事事件全体の3%程度が対象になります。

一つには、
裁判員制度の設置目的である
「市民が持つ日常感覚や常識の反映」と
「国民の司法への理解と、信頼の向上」を得るためには、
「一般市民の興味」をそそられる刑事事件が適当だという考えがあります。

また、事件の数が多いので、3%程度が適量、
素人でも判断を下すのに分かりやすい事件、
ということが挙げられます。


もうひとつ、「刑事のみ」とされた背景には、対外国に対する配慮(対策)があるとも言われています。
日本の産業には、多くの外国企業が関わっています。
当然、多くの係争があります。
それらの多くは民事事件です。
企業裁判となると、事件の「事実認定」よりも「国益」にとっての結末が重要視されます。
企業裁判だけでなく、どういう結末が最適なのか、善悪ではないところで結審される裁判というのも実は多いらしいのです。
「重要な刑事事件」に限定することは、「善悪の判断をしやすい」ということでもあります。
国民が介入するのが、ちょっと「ややこしい」ものを省くと、
結局、こういうきまりになってしまったのでしょう。
労働裁判においても、同じことです。
従来の裁判方式のほうが、あらかじめ話し合いができ、雇用側に有利な判決が出やすい(とハッキリ言ってしまってよいのか…)ということで、裁判員導入に対しては経済界からの反発も大きかった、という話もあります。

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