裁判員制度が始まります


今朝、ニュースを見ていたら、アナウンサーがこんなことを言っていました。
言葉が難しかったので、ちょっと簡単にして書きますね。

 今日、○○事件の第一回公判が行われます。
 □□と△△が、裁判の争点になると思われますが、
 被告は、全面的に容疑を認めており、午後には判決が言い渡されるものと見られています。
 また、同事件で逮捕された共犯者は、全面的に容疑を否認しており、公判の予定はたっておりませんが、裁判は長引くものとみられております。 

これは、贈賄で逮捕されたゼネコンの幹部の裁判が始まるよ、というニュースでした。
そして、金銭を受け取った秘書は「そんな金知らなねぇよ」としらばっくれている模様です。

裁判とは、こういう事件やいろんな事件を、双方の意見を聞いて明らかにし、
 悪かったのか?
 悪くないのか?
 どうやって償ってもらうべきか?
を、大人数で話し合う場です。

今年から、裁判の法律が大きく変わり、
私たち、国民が裁判に深く関わることになりました。

詳しく言うと、実は私が今朝見たニュースは、「政治」に絡む事件なので、国民が裁判に関わる可能性は少ない事例です。
私たちが関わるのは、「刑事事件」といいます。
いわゆる「事件」というやつで、
殺人事件や、強盗や、泥棒や、交通事故など、わりあい判断のつきやすい事例に限られています。
これはあとで、詳しく説明していきましょう。

悲しいことですが、強盗や泥棒は、頻繁に起こっており、事件の数はとても多くあります。
ニュースや新聞などで、毎日のように報道されるので、悲しい思いをしつつも「またか…」という感じですよね。
きっと当事者となれば、たいへんな苦しみなのでしょうが…

しかし、ほとんどの事件は、その後どうなったの?という報道はあまりされません。
逆に、最初に言ったような、政治にからむような事件は、じんわりと悪事がバレて大騒動になるので、
その後の行方がとても気になるからなのか、裁判の経過が報道されるのが目につくような気がします。

すべての事件が、裁判によって解決されます。

毎日いろんな事件が起きているけれども、毎日解決していくのです。


「裁判員制度」という言葉は、数年前から話題になっていました。
なぜなら、法律が成立したのは、5年前(平成16年)のことだからです。

その間、本当にできるのか、うまくいくのか、何度も「模擬裁判」というシュミレーションが行われ、細かい決まり事が調整されてきました。
そして、5年後の今年5月に、いよいよ施行されました。

施行というのは、実際に国民が参加した裁判が行われるようになった、ということです。

この説明では、5年で準備が整ったから、GOサインがでた、と、とれてしまいますね。

実際は、法律の成立した時に、施行(運用)開始も決められているので、
5年の間に、いっしょうけんめい国民にアピールした、とも言えるかもしれません。

法律はできたものの、賛否両論うずまく5年でした。
また、模擬裁判で予測できる問題点が出尽くしたとも思えないし、
上手なアピールになったとも思えません。

なにしろ、「やってみなければわからない」という制度なのです。
お役所(裁判所)が、「大丈夫、大丈夫」というほど、国民の力が必要だと言いながらも「お飾り」的な存在でいいのかも、という疑心を抱いてしまうし、
逆に、「勉強してください」と言われると、「望んでもいないのに」と、ご機嫌を損ねてしまいます。
人間って、気難しいんですよね。

でも、日本は法治国家なので、国民である以上、法律には従わなければなりません。
法治国家というのは、「法律」が支配する社会のことです。
人と違った考え、人と違った行いをした時に、それがいいのか?悪いのか?を決めるのは法律なのです。

たとえば、酒を飲むのは勝手だし、酒を飲んで運転するのも、個人の自由じゃないか!という考えがあります。
酔っぱらう酒の量には個人差があるし、誰もいない道で運転しても、大丈夫!という自信がある人が多いのですね。
しかし、多くの人がそれは「危険行為」だと考えます。
飲酒の上での運転が、「万が一」の確立よりもはるかに多く起こってしまっているという事実を知って、
多くの人が「それはダメだ」と考えるのです。

このように分かりやすい事例ならよいのですが、
日本の国には実にいろいろな法律があります。
法律といえば、中学校を卒業している人は、「日本国憲法」という一番有名で重要な法律を習いますので、
人間としての権利や義務などについては、ご承知だとは思います。
憲法の他にも、民法、学校教育法、公職選挙法や建築基準法などもありますねぇ。

法律というのは、議会で提案されて、議決されて、制定されます。
私が、「こんな決まりが欲しいんだけど」と思っても、一人の力ではどうにもなりません。
同じ考えの人が集まって、議会で提案してくれる人(つまり議員ですね)に訴えて、
議員も一人ではどうしようもないので、議員仲間に訴えて、みんな賛成してくれ!という、そうやってようやく法律になるものです。

ですから、正直、国民の訴えから法律が制定されることは、まずありません。
ほとんどは、お役所仕事のために作られるものでです。
または、国民を動かすために作られるものです。
事件が起きた時に、うまく解決できなくて、今後の同じような事件のために作った法律、というのも多いですね。

「裁判員法」というのも、国民が
「裁判に我々の意見を取り上げろ!」と言ってできたものではありません。
国は、もっともらしく「国民のために」と強調した理由づけのレポートを出していますが、
もともと国民が意見したものでも、裁判所が言い出したものでもないので、
誰が言い出したものなのか?
誰のために「有益」なものなのか?
の、本当の説明は誰にもできません。

でも、先にも言いましたが、
正直、わけのわからない法律に巻き込まれてしまった感があるものの、法治国家国民としては、仕方のない事態です。
しかも、施行までの5年で、ちゃんと理解して勉強なさっていた方々には申し訳ないのですが、
この期に及んでも、人ごとのようにぼんやりとしており、
「アンタも対象なんだよっ!」と怒れてようやく気がついた私のような人も、きっと多いのではないかと思うのです。

ようやくですが、ココは前向きに「裁判員制度」というものを理解してみようと思うのです。

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